登攀パスポート
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キルギスタン、パミール・アライ山脈
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技術的難易度
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トルケスタン山脈、Каравшин峡谷、セクション5.4.3.
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アサン山(4230 m)、西壁右部を登攀
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提案ルート — 6Aカテゴリ、初登攀
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ルートの特徴:
高低差:930 m、ルート長:1050 m; 6A–6Bカテゴリの区間長:361 m; 5カテゴリの区間長:261 m; ルートの基本部分(西壁と南壁の稜線に至るまで)の平均傾斜角:77°
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使用されたピトン(内、インプロセスでの使用回数)
岩壁用ピトン 76/4、氷壁用ピトン 0/0、ボルトピトン 25/25、ナッツ類 274/1
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チームの総所要時間:75時間、総日数:9日
内、ルート処理時間:28.5時間、ルート処理日数:4日
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宿営地の数と特徴:
1-2-3-4日目 — ハンモックで bivouac; 5日目 — Асан–Усен鞍部で就寝
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リーダー:プガチョフ・セルゲイ・アレクサンドロヴィチ — マスター・オブ・スポーツ;
隊員:マクシメニャ・アレクサンドル・グリゴリエヴィチ — スポーツマスター候補;
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チームコーチ:ザギルニャク・ミハイル・ヴァシリエヴィチ — マスター・オブ・スポーツ.
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ルート進入:2004年8月6日
頂上到達:2004年8月10日、下山完了:2004年8月11日
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主催:ポルタヴァ州アイスポーツ連盟
www.alpfederation.ru ↗
2004年8月10日
R19 R18 R17 2004年8月9日 R16 R15 R14 R13 2004年8月8日 R12 2004年8月7日 R11 R10 2004年8月6日 R9
ルート
ТИМОФЕЕВА R8 R7 R6 R5 R4 R3 R2

手描きのルートプロファイル
UIAA記号によるルート図。パート1

UIAA記号によるルート図。パート2

UIAA記号によるルート図。パート3

区間ごとのルート詳細
| 区間番号 | 通過のコメント |
|---|---|
| R0–R1 | 2004年8月1日、ルート処理。先頭はА. マクシメニャ。ルート開始地点の目印 — 右に傾いた内角(約100 m)。アメリカ人クライマー Brian McCray と Roxana Brock(1999年)のルートから120 m右に位置する。 |
| R1–R2 | アメリカ人クライマーが残したボルトを使用してビバーク。内角を登り終えると、スラブをフリークライミングで上る。 |
| R2–R3 | フリークライミングで左にトラバース(フルロープ)。ビバークはカルニスの12 m下。 |
| R3–R4 | 2004年8月2日、ルート処理。先頭はС. プガチョフ。カルニスの下を上り、続いて左にトラバース。水の影響で風化した脆い岩が続く。足場となる箇所が皆無なままビバーク。 |
| R4–R5 | ルート処理中、弱い雨が続く。 |
| R5–R6 | 2004年8月3日、ルート処理。先頭はА. マクシメニャ。トラバースを続け、人工登攀。カルニスを越えると、割れたスラブを上る。スラブ上には左にのびる張り出しが多い。 |
| R5–R6 | 張り出しに沿って上る。スカイフックを使用して人工登攀。 |
| R6–R7 | 2004年8月4日、ルート処理。先頭はС. プガチョフ。難所となるスラブを上る。固定具に乏しく、ボルトやスカイフックを使用。小さなカルニスの下へと続く。写真4参照。 |
| R7–R8 | 張り出したスラブをスカイフックで上る。人工登攀でカルニスを正面突破し、右に傾いた内角へと至る。更に内角を上り、張り出した大きなスラブのカルニスへと出る。ルート処理完了。 |
| R8–R9 | 2004年8月6日、事前に処理した区間を登る。スカイフックとボルトを使用してカルニスを正面突破。水平に近い狭い段状部に至りビバーク。R9–R10の処理を実施。 |
| R9–R10 | 2004年8月7日、先頭はС. プガチョフ。人工登攀でスラブを上る。右に進み、大小様々なクラックを辿る。人工登攀が主体となる。なだらかな垂直壁の手前でビバーク。写真5参照。 |
| R10–R11 | ボルトやスカイフックを使用してスラブを上る(人工登攀)。内角を上り、シンプルなザレ場(岩屑斜面)に至る。ザレ場と続く傾斜したスラブは、垂直のカミン(煙突状の岩壁)へと続く。カミンの根元でビバーク。次の区間の処理を実施。写真6参照。 |
| R11–R12 | ビバーク地点からカミンの右を迂回し張り出しの上部に至る。続いて左に進みスラブを上る。スラブの始まりは「斧型」のカミンカムにピトンを打って確保。17:00に雨が降り出す。 |
| R12–R13 | 2004年8月8日、先頭はА. マクシメニャ。水平な岩棚を右に進み、つづいて難しいクライミングでスラブを上る。ザイルを出す先がカルニスで閉ざされた内角となるため、その直下まで上る。角内のクラックは苔で満たされており、ビレイを張るのに苦労する。14:00過ぎに雨となる。 |
| R13–R14 | 2004年8月9日、先頭はС. プガチョフ。張り出したスラブ状の岩の下を内角を上って進む。写真7参照。 |
| R14–R15 | カルニスの右をスラブとリッジに沿って迂回。右に振り子状に移動し(6 m)、並行する内角に移動。この内角は、大きなフレンドやナッツ類でビレイ。 |
| R15–R16 | 内角を上り、多くの張り出しを越える。大きなフレンドやナッツ類で確保。スラブ状の張り出した大きなカルニスの手前でビバーク。16:00過ぎに雨とみぞれとなる。 |
| R16–R17 | 2004年.8.10、先頭はА. マクシメニャ。左に迂回しカミンを上り、右のカミン壁を主にフリークライミングで上る。人工登攀で左にトラバースしカミンを越える。ビバークは内角の右側。 |
| R17–R18 | 右のカミン壁を主にフリークライミングで上る。下部は比較的容易だが、上部は大きな張り出しとなり人工登攀。ここで、ルートは Альперин のルート(5Bカテゴリ)に合流。 |
| R18–R19 | 垂直のスラブを右に上り、右に大きく張り出したカルニスのあるクーロワールを上る。西壁と南壁の稜線に至る。この区間以降、ビレイを張るのに困ることはない。 |
| R19–R20 | 南壁のスラブを上る。 |
| R20–R21 | 傾いたスラブを上り、左に進む。水平な段部で西壁に出る。 |
| R21–R22 | 西壁の垂直のスラブを上り、南壁と西壁の稜線に至る。 |
| R22–R23 | 稜線を進み、大きなカルニスを左に迂回。傾いたスラブを上り進む。 |
| R23–R24 | 稜線の右側の傾いたスラブを上り、カルニスを越えると Асан–Усен 鞍部に至る。ここでビバーク。雪渓あり。 |
| R24–R25 | 鞍部を同時に出発し、頂上方向へ向かう。北壁からのルートと合流する。 |
| R25–R26 | 傾いたスラブを上り、右に進むと頂上(4230 m)に至る。 |
| R26 | 2004年8月11日、東稜を下山。北壁を進み、更に東壁を下って「4810」峰へと向かう。 |
使用した保護具一覧
| 区間番号 | 岩壁用ピトン | ボルトピトン | ナッツ類 | スカイフック | 通過のコメント | 区間長、m | 傾斜角、度 | カテゴリ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| R0–R1 | 1/1 | 2004年8月1日、ルート処理 | 10 | 40 | II | |||
| 2/0 | 3270 m | 5 | 85 | V | ||||
| 1/1 | 5/3 | 55 | 50 | IV | ||||
| R1–R2 | 1/1 | 2/0 | R2より右がアメリカ人クライマーのルートの開始点 | 35 | 50 | IV | ||
| 2/0 | 2004年8月1日、ルート処理 | 10 | 85 | V | ||||
| 5/3 | 10 | 75 | V | |||||
| R2–R3 | 2/0 | 1/0 | 2004年8月1日、ルート処理 | 8 | 70 | V | ||
| 2/0 | 3/0 | 170 m、6.5時間 | 25 | 65 | V | |||
| 4/3 | 4本の岩壁用ピトン、1本のボルト、25個のナッツ類 | 12 | 75 | V | ||||
| R3–R4 | 2/1 | 1/1 | 6/4 | 2004年8月2日、ルート処理 | 12 | 95 | VI+, A1,e | |
| 7/7 | 2/2 | 18/18 | 36 m、7時間、9本の岩壁用ピトン、3本のボルト、24個のナッツ類 | 24 | 100 | VI+, A3,e | ||
| R4–R5 | 6/6 | 1/1 | 11/11 | 2004年8月3日、ルート処理 | 20 | 90 | VI+, A2,e | |
| R5–R6 | 5/5 | 2/2 | 13/13 | 2 | 40 m、7時間、11本の岩壁用ピトン、3本のボルト、24個のナッツ類 | 20 | 85 | VI+, A2,e |
| R6–R7 | 3/3 | 2/2 | 12/12 | 2 | 2004年8月4日、ルート処理 | 18 | 85 | VI+, A2,e |
| R7–R8 | 5/5 | 2/2 | 5/5 | 2 | 12 | 95 | VI+, A3,e | |
| 3/3 | 1/1 | 6/6 | 2 | 40 m、8時間、11本の岩壁用ピトン、5本のボルト、23個のナッツ類 | 10 | 80 | VI, A1,e | |
| R8–R9 | 4/3 | 2/2 | 4/4 | 1 | 2004年8月6日、ビバーク、R9–R10の処理 | 9 | 100 | VI+, A2,e |
| 3/3 | 1/1 | 4/3 | 31 m、7.5時間、7本の岩壁用ピトン、5本のボルト、18個のナッツ類 | 22 | 85 | VI+, A2 | ||
| R9–R10 | 1/1 | 2 | 4 | 100 | VI, A1,e | |||
| 2 | 4 | 15 | 85 | VI, A2,e | ||||
| 1/1 | 6/3 | 10 | 80 | VI | ||||
| R10–R11 | 3/3 | 2/2 | 2/2 | 4 | 2004年8月7日、ビバーク、R11–R12の処理 | 12 | 90 | VI, A2,e |
| 96 m、9.5時間、23本の岩壁用ピトン、2本のボルト、15個のナッツ類 | ||||||||
| 3/3 | 5/5 | 2004年8月8日、ビバーク、R12–R13の処理 | 10 | 75 | V+ | |||
| 1/0 | 5/0 | 45 m、8時間、7本の岩壁用ピトン、1本のボルト、15個のナッツ類 | 15 | 45 | III | |||
| チェックポイント | ||||||||
| R11–R12 | 2/0 | 3/3 | 12 | 90 | V | |||
| 12/12 | 4 | 18 | 85 | VI, A1 | ||||
| R12–R13 | 1/1 | 6 | 10 | II | ||||
| 2/0 | 2/0 | 15 | 80 | VI | ||||
| 6/5 | 1/1 | 12/12 | 24 | 80 | VI, A1 | |||
| R13–R14 | 7/7 | 1/1 | 15/15 | 25 | 75 | VI, A1 | ||
| R14–R15 | 1/1 | 2/2 | 4 | 右に振り子移動(6 m) | 8 | 80 | VI+, A1,e | |
| 3/3 | 1/1 | 18/18 | 25 | 90 | VI+, A2 | |||
| R15–R16 | 2/2 | 12/12 | 2004年8月9日、ビバーク | 20 | 80 | VI+, A2 | ||
| 1/1 | 13/13 | 98 m、11時間、13本の岩壁用ピトン、5本のボルト、58個のナッツ類 | 20 | 105 | VI+, A2 | |||
| R16–R17 | 1/1 | 1/1 | 6 | 100 | V | |||
| 2/2 | 5 | 100 | VI | |||||
| 6/6 | 25 | 80 | V | |||||
| 2/2 | 5/5 | 8 | 105 | VI, A1 | ||||
| R17–R18 | 13/13 | 84 m、6本の岩壁用ピトン、30個のナッツ類 | 40 | 80 | V+ | |||
| 3/1 | 5 | 100 | VI | |||||
| R18–R19 | 3/0 | 2/0 | R18で Альперин のルートと合流 | 35 | 75 | V+ | ||
| R19–R20 | 6/3 | 35 | 70 | IV | ||||
| R20–R21 | 3/0 | 15 | 75 | V | ||||
| 4/3 | 25 | 45 | IV | |||||
| R21–R22 | 9/5 | 40 | 95 | IV | ||||
| R22–R23 | 3/0 | 8 | 85 | V+ | ||||
| 7/3 | 25 | 65 | IV | |||||
| R23–R24 | 1/1 | 6/3 | Асан–Усен鞍部に到達 | 40 | 85 | V+ | ||
| 10.5時間、4本の岩壁用ピトン、40個のナッツ類 | ||||||||
| R25–R26 | 2004年8月10日、ビバーク | 150 | 30 | II | ||||
| R26–R27 | 2/0 | АСАН頂上(4230 m) | 60 | 55 | III | |||
| 総ルート長:1078 m。総所要時間:75時間 | ||||||||
| 岩壁用ピトン:76本 | ||||||||
| ボルトピトン:25本 | ||||||||
| ナッツ類:274個 |

登攀の準備
最も西壁右部の地形に適合するルートを選択。安全な通過は装備の選択により確保 (フレンド、スカイフック、ハンモック、様々なボルトピトン)。クリミアでの数多くの登攀と、事前に行ったポゴレロフの6Aルート(アサン山)により、隊員の身体的・技術的な準備は十分であった。
戦術
事前のルート処理、ビバーク後に更にルート処理を行う戦術を採用。1本目のザイルをリードクライマーがリュックなしで上り、2本目のザイルで荷物を上げることが多かった。ビバーク地の選択は、安全と地形の利便性を考慮。大きな岩棚が乏しいためテントは持たず、ハンモックとテントの役割を果たす布を携行した。例年と異なる気象条件(頻繁な雨やみぞれ)が予想されたためである。
B. L. とはモトローラの無線機で連絡を取り、加えて「ドニエプル」と「オデッサ」のチームと定期的に無線と目視での連絡をとった。ルート上に水場がないため、飲料水18リットルを携行。6カテゴリの区間では、以下を使用:
- ボルトピトン
- スカイフック(人工登攀用)
張り出したビバーク地では、ボルトも使用。
写真7 R14 T4



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